須藤 宏

オルガンはここにしかない響きを奏でる

● オルガン

 オルガンの原形は歴史が書き残される前にすでに有った。紀元前の遺跡からオルガンの先祖が発掘されている。そのまた祖先は葦の茎で作った“パンパイプ”であると言う。世界の全ての民族に笛はある。しかし、息でなく吹子と鍵盤で笛を演奏する形になったのはオルガンだけであった。

 ここで言う“オルガン”とは“パイプオルガン”のことである。日本では,“オルガン”と言うと必ずしも“パイプオルガン”のことを指すわけではない。オルガン類の中で最後に日本に出現したのが“パイプオルガン”であった、かの地とは歴史が逆であったのだ。オルガン曲といえばパイプオルがンで演奏する曲のことである。パイプ(笛)を発音体とし、吹子で風を送り、鍵盤から演奏するのがオルガン。その他のオルガンはパイプオルガンの代用楽器であった。

 現代のオルガンの形になってからはまだ何百年かの歴史である。一段鍵盤でストップ(鍵盤の左右にある音色の異なるバイブ群を選択するつまみ、音栓)が無い時代もあった。一段鍵盤の小さな楽器二台を左右に置いて異なった音色で右手と左手で弾いたり、左の楽器から右の楽器に瞬時に移って音色の対比と変化を音楽に取り人れた多才でひょうきんを音楽家がきっといたにちがいない。それが二段鍵盤のオルガンの始まりでは?などと想像を巡らす。ペダル鍵盤が加わり一人の演奏家が3種類の音色で3声の音楽を演奏できる楽器“オルガン”が世に登場したのであろう。

 オルガンは鍵盤を押せば、それなりの音が出る。非音楽的な楽器と思われがちである。しかし、演奏家の鍵盤上の微妙なニュアンスを伝えるメカニズムとそれに柔軟に反応するパイプ群、それらが息づかいを持った吹子と組み合わされば絶妙な音楽を醸し出す。そのようなオルガンは良い演奏には素直に反応し、雑な演奏には濁った音を返す。

 ここ、仙台白百合学園“ロザリオのマリア聖堂”の適度な響きは大きな助けてあった。整音をする私どもにも、そしてバイブにとっても。この空間の響きはパイプの自然な発音を許してくれた。我々はそれを助けることだけで大半の整音作業を進める事ができた。

 オルガニストは“過ぎ去る芸術”の瞬間々々に命を注ぎ人々の記憶にのみとどまる。オルガン製作者は幾世にも残る自分のオルガンを作る。それはいつまでも責任を取らなければならないということでもある。音楽と楽器、その対比と宿命である。

● オルガンの姿

 特に要請されたわけではないが、このオルガンの様式は、シャルトルの聖パウロ修道女会由来の地”フランス”に採った。カトリックの伝統的典礼に最も合ったオルガンはフランスにあると思っている。クープラン、リュリなどが活躍していた時代を想定している。とは言え、この空間と製作者の組合せは唯一、またその組合せが生み出す音は独特なものとなったこのオルガンには仙台白百合学園聖堂の風が流れているからと言った方が正しいのかもしれない。

 この聖堂は厳密な中心線を持っている。かなりの大きさになるオルガンを聖堂の対称のバランスを崩すことのないようにデザインし、かつ全てのパイプとメカニズムや送風装置などを、将来の保守性をも考慮して、配置・設計することは容易でなかった。最初に作った模型では私も建築家もオルガンの大きさに危倶をいだいた。可能な限りオルガンを浅く、低くすることに知恵をしぼり、階段部の設計変更などの譲歩を得て現在の解決にいたった。

 オルガンの正面はフランスの伝統に則って第一鍵盤の部分と第二鍵盤の部分は判然とはしない。実際には中央部に第二鍵盤部、左右に第一鍵盤部、後部にペダル鐘盤部が配置されている。それぞれの鍵盤からは細い木製のメカニズムが風箱内部の弁まで繋がっている。演奏者の指や足でする表現を伝える神経のようなものである。鍵盤の左右にある音栓つまみからも同様に角棒製のメカニズムが風箱にあるバイブ群を選択する弁に繋がっている。

 楽器は小ぶりながら一つのまとまりを示している。しっかりとした荘重な音を構成できる第一鍵盤部、音色のパレットのように音を混ぜて新たな個性的な音色を練り出す第二鍵盤部、テノールのソロや低音を受け持つペダル部分。演奏家の手に掛かりそれぞれが生き物のように互いに協調したり、反発したり、対話したりする、追いかけっこをすることもある。実際に演奏を聞いていただくのがいかなる言葉よりも説得力があるであろう。

 オルガンの風はオルガン直下の地下室にすえられた電動送風機と調圧吹子から供給されている。この風はペダル鍵盤のパイプに風を送っている。さらにオルガン内部の2台の調圧吹子で風圧を落として手鍵盤へ風が供給されている。すべての吹子は重りで加圧され、このオルガンの大切な肺を形作っている。

● そして

 オルガン製作家は“2千年来つねに試してきた”と言われる。毎回製作する楽器が試しなのである。どれほど作っても、どれほど経験を積んでも、またそれゆえに挑戦意欲をそそられる物である。もう改良点が無いと言うオルガン製作者がいたらばそれは無能で怠惰なオルガン製作者だと断定できる。

 このオルガンに使われている部品は全て手作りである。私どもがいない将来“部品が無いから修理が出来をい”などと言うオルガン製作者には保守を任せないでほしい。 

 オルガンとオルガン曲は教会という土壌を得て成長し、教会の宝となった。数知れない作曲家やオルガニストは無数のオルガン曲を奏で、その一部を我々の時代にまで残してくれた。多くの曲や即興演奏は時とともに過ぎ去ってしまった。

 未だ過渡期にある日本のカトリック典礼とその音楽、時代の淘汰を経ていない典礼の形とその音楽、は様式を熟成していない。日本のカトリック教会はオルガンの様式を要請する段階にはいない。オルガンという道具と、オルガン演奏という表現が、典礼の用にどれほどの役割を担えるかをもっと知って欲しい。典礼を最も美しくするのも音楽であろう。このオルガンがそのような役目を果たす事を期待している。

● 謝 辞

 ここにまた一つのオルガンを作る機会を与えられた。世に数あるオルガン製作者の中から私どもが作るオルガンを選んでいただいたことに感謝している。今回いろいろな事情でオルガンの完成はかなり遅れてしまった。

 我々は学校側から一回も催促や叱責を受けた事はなかった。他の仕事との兼ね合いもあって苦しい時に、他の仕事を先んじて終わらせる事にも理解を示してくださった、このことは私の記憶から消えることはないであろう。催促がなくても、迫る時間は気持ちのゆとりを剥ぎ取ってゆく。それに追い討ちをかけないで下さった事には本当に感謝している。気持ちに多少のゆとりがある事は、特に仕上げの作業において助けとなった。ゆとりという大きな賜物により、ご期待に添える楽器を完成させる事ができたと思う。過去にあったように、「時間が足りなくなる事も才能の限界」と考えて、けりをつける決断をしなくて済んだ、幸いであった。

 オルガンは人生を変えることがある。自分もその一人である。買えないものをオルガンはもたらしてくれる。最も敏感な年代を過ごすこの学園の生徒に、このオルガンがどのような影響を与えることであろうか。遠くない将来、オルガンを一生の仕事とする生徒も現れることであろう。この聖堂の光を受けてここにしかないオルガンの姿がある、この聖堂の空気を深呼吸してオルガンはここにしかない響きを奏でる。このオルガンの存在しないこの聖堂はすでに考えられなくなっている。

1998年11月


Suto Organ

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