harpsichord faq

チェンバロQ&A

1. 入門編

2. 中級編

3. 上級編


1. 入門編

Q 1.1. チェンバロとピアノ、どこが違うの?

A:チェンバロとグランドピアノはどちらも同じ鍵盤を持ち、外見も似ています。またどちらも金属製の弦が振動して音が出る楽器です。この点ではチェンバロとピアノはよく似ていますが、発音原理、つまり「どうやって弦を振動させるか」という点が異なり、その結果出てくる音が大きく異なることになります。

 ピアノではフェルトで被われたハンマーが弦を叩きます。つまり打弦楽器です。これに対してチェンバロでは、プレクトラム呼ばれる長さ5〜8mmほどの小さなツメが、弦をはじきます。つまり撥弦(はつげん)楽器なのです。

 このため、チェンバロの音はギターをピックではじいたり、あるいは琴(箏)をツメではじいたような鋭い音となります。音響学的には、チェンバロの音はピアノよりもはるかに多くの倍音成分を含みます。ピアノの音が「ポーン」ならば、チェンバロは「チーン」という感じです。

 この他にもいろいろな相違点があります。チェンバロは1つのツメが1本の弦をはじきますが、ピアノでは1つのハンマーが2〜3本の弦を叩きます。チェンバロの音域は最大でも5オクターブですが、現在のピアノは7オクターブ以上あります。このためチェンバロはピアノよりも細長い感じになります。

 チェンバロには2段鍵盤の楽器がありますが、ピアノは1段鍵盤です。現在のピアノは鋳鉄製のフレームに弦が張られていますが、チェンバロのケースは木製で、弦の張力はピアノよりはるかに弱くなっています。

 なお、チェンバロ、クラヴィコード、フォルテピアノ、オルガンについては、鍵盤楽器製作家の佐藤裕一さんが詳しい解説を以下のページで公開されています。

関連サイト: ・クラシックの鍵盤楽器

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Q 1.2. ハープシコードとチェンバロは違うの?

A:基本的には、同じものです。ツメが弦をはじいて音が出る鍵盤楽器の基本的名称が、国や言語によって異なるのです。

イタリア語:チェンバロ    cembalo
英   語:ハープシコード  harpsichord
フランス語:クラヴサン    clavecin

 なお現在のドイツ語ではイタリア語と同じくチェンバロ Cembaloと呼ぶことが一般的ですが、専門的にはキールクラフィーアKielklavier(ツメで弾く鍵盤楽器)という語が用いられることもあります。

 小型の1段鍵盤の楽器、ヴァージナル Virginal、スピネット Spinette 、エピネットEpinetteも、基本的にはチェンバロの一種と考えて差しつかえありませんが、外形、弦の張り方が大きく異なり、また音色も微妙に異なります。

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Q 1.3. 黒鍵と白鍵の色がなぜ逆なの?

A:まず最初に用語の確認をしておきましょう。現在のピアノの白鍵を「ナチュラル・キー」、黒鍵を「シャープ・キー」と呼ぶことにします。

 そこで本題のチェンバロの鍵盤の色ですが、必ずしもピアノと逆の、つまりナチュラル・キーが黒でシャープ・キーが白というわけではないのです。

 初期のイタリアンやフレミッシュはピアノと同じ配色でした。ただしイタリアンでは完全な黒と白ではなく、ナチュラル・キーに自然の木の色を使ったりすることもありました。フレミッシュではナチュラル・キーに牛骨、シャープ・キーに黒檀を貼っていて現在のピアノと同じ配色です。

 さてナチュラル・キーが黒、シャープ・キーが白の配色は、18世紀フランスで一般化したようです。このため、この配色を「フレンチ」とか「フランス式」と呼ぶこともあります。当時フランスではルイ14世の宮廷を中心にチェンバロ(クラヴサン)が好まれ、王侯貴族の女性も演奏したようです。このため「女性の手が白く見えるようにナチュラル・キーを黒くした」という説もあります。

 この鍵盤の配色について、装飾的な、つまり視覚的な趣味以外に何か根拠があるのか、と考えますとキー・タッチの問題に行き当たります。チェンバロの鍵盤はスプリングなどで待機位置に戻るのではなく、鍵盤自身の自重で待機位置に復帰します。したがって演奏者から見て、支点よりも奥が重くなければバランスしません。

 ここで牛骨貼りのフレミッシュのキーと、黒檀貼りのフレンチのキーを比べてみますと、牛骨の方が重くなり、その結果支点の奥(反対側)も重くする必要がでてきます。支点位置が同じと仮定すれば、フレンチ式のキーは支点の奥が軽くて済み、キー全体の重量も軽くなります。

 物理学的には、どちらのキーも同じようにバランスするわけですが、鍵盤を押さえたときの初動エネルギーは重い牛骨貼りの鍵盤の方が大きくなります。いわゆる慣性質量が大きいわけです。この結果、牛骨貼りの鍵盤は感覚的には重く感じられることになります。この重量の違いはわずかなものですが、しかし演奏するとはっきりわかるタッチ感の違いとなって出てきます。長時間演奏すると明らかに指や手の疲労度が違ってきます。

 ただ鍵盤は軽ければよいというものではなく、チェンバロの場合、プレクトラム(ツメ)が弦をはじくときの感覚が指にどのように伝わるかも演奏表現上重要な意味を持ちます。鍵盤の支点の位置、慣性質量は、こういった問題にも関連してきます。

 チェンバロの鍵盤の配色はもしかするとこのようなキー・タッチの面から変化してきたのかもしれません。

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2. 中級編

Q 2.1. 8'とか4'というのは何?

A:それぞれ、8フィート、4フィートのことです。鍵盤を押したとき、その高さの音がでるレジスターを「8'」、1オクターブ高い音が出るレジスターを「4'」と表記します。これは、パイプオルガンのレジスターの表記で、8フィート=約2.4 mのパイプが、Cの音を、4フィート=約 1.2 mのパイプがオクターブ上のcの音を出すことに由来します。チェンバロで使われるのはふつう、8'、4'、まれに16'(1オクターブ下が出る)、2'が使われることがあります。

 1段鍵盤の楽器では、8'のみ(スピネット、ヴァージナル)、8'×8'、8'×4'が一般的です。4'は単独で使用できるものと、単独使用不可で、8'に添加するようになっているものと、2つの方式があります。

 2段鍵盤の楽器では、下鍵盤に8'×4'、上鍵盤に8'(バフ付き)が一般的です。この場合、下鍵盤の8'は「バック8'」とも呼ばれ、弦の駒から離れた位置をはじきます。これに対して、上鍵盤の8'は「フロント8'」と呼ばれ、バック8'よりも、弦の駒より(手前)の位置をはじきます。このため、同じ8'でも、微妙に音色が異なります。

 また2段鍵盤の楽器では、通常、上鍵盤を下鍵盤に連結して演奏できます。この装置をカプラーと呼びます。

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Q 2.2. バフ・ストップとは?

A:弦にフェルトあるいは柔らかい皮革を当てて、日本の箏のような余韻の短い音にする装置のことです。フランスではjeu de luth、ドイツではLautenzug、イタリアではliutoと呼ばれるので、日本ではしばしば「リュート・ストップ」と呼ばれることもありますが、英語ではバフ・ストップBuff stopあるいはハープ・ストップ harp stopと呼びます。なお、後期フレミッシュ・チェンバロの「リュート・レジスター」は、弦の駒に近い部分を弾くように配置された独立したジャックを持つレジスターを意味します。

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Q 2.3. チェンバロはピアノに負けた楽器では?

チェンバロは音量が小さく、音に強弱の変化がつけられないので、ピアノに取って代わられた、と聞いたことがあります。そのような楽器を演奏して、楽しめるものなのでしょうか?

A:よく耳にする話ですね。確かに18世紀以後チェンバロは消え、ピアノが広まっていきますから、「チェンバロはピアノに負けた」といえるかもしれません。また表現力の点では確かにピアノの方が柔軟です。ただピアノが普及しチェンバロが忘れられたのは、音楽様式や趣味の変化にもよります。ですからチェンバロとピアノ、どちらがすぐれた楽器か、というような議論はナンセンスです。それぞれによさがあります。

 個人的には私はバッハの曲はチェンバロで演奏するのが好きです。ピアノで弾くよりも、ずっと楽しめるからです。またシャンボニエールやクープランのクラヴサン作品はチェンバロでなければ本来の音楽にはならないと思います。一度ぜひ、よいチェンバロを弾いてみてください。ピアノとは違った魅力に気付かれることと思います。

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Q 2.4. チェンバロは調律が面倒では?

 チェンバロやクラヴィコードは、頻繁に自分で調律しなければならないので、普通の人にはむずかしいのでは?

A:確かにおおまかにいって、1〜2週間に1回は調律が必要です。ピアノや電子楽器よりは手間がかかるのは事実です。しかし、これは慣れれば大したことはなく、自分で調律するのもなかなか楽しいものです。

 しかも現在では電子チューナーというスグレモノがあり、平均律だけでなく、各種古典調律も電子チューナーでメーターを見ながら簡単に調律できます。またピアノは高張力で弦が張ってあるため、調弦にも力が必要ですが、チェンバロでは張力がはるかに小さいため、手首の力だけで充分、調弦ができます。したがって特別に調律の訓練を受ける必要はありません。

 たとえば、HH〜d3の音域を持つ1段鍵盤のチェンバロの場合、弦列が1列としますと、52本の弦を合わせることになりますが、慣れれば30分前後で調律できるようになります。

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Q 2.5. チェンバロは平均律で調律してはいけない?
 チェンバロやクラヴィコードでバッハ以前の曲を弾く場合には、平均律はダメで、ミーントーンとかヴェルクマイスター、キルンベルガーの調律法を使わないといけない、と聞きました。

A:結論から申しますと、もしバッハの曲を演奏されるのであれば、チェンバロやクラヴィコードを平均律に調律してかまいませんし、またバッハ自身も平均律を使用した可能性が高いといえます。

 ただし古楽の分野では、18世紀以前の鍵盤楽器には平均律は用いられていなかった、というのが定説です。そのために、チェンバロの調律にはしばしば中全音律(ミーントーン)、ヴェルクマイスター、キルンベンルガーといったいわゆる「古典調律法」が用いられます。

 しかし平均律(equal temperament, gleichschwebend Temperatur)もまた意外に古い歴史を持っていて、16世紀末には転調がしやすく、半音階進行がギクシャクしないことなどの理由から使われ始めていた可能性もあります。最近の研究では、すでにイタリアのフレスコバルディは1630年代以降、平均律を使っていた、という説さえあるのです。

 音律に関して特に問題となるのはバッハの《平均律クラヴィーア曲集 Wohltemperiertes Clavier》です。かつては「バッハは平均律によって24の長短調すべてが実用になることを示した」と解釈されていましたが、その後「Wohltemperiertesというのは『よく調律された』という意味で、バッハは平均律ではなくヴェルクマイスターやキルンベルガーの不等分律を採用していた」という説が出てきました。ただ、これらの説はあくまで状況証拠によるもので、バッハが実際にどのような音律を用いたか、明確な証拠は残っていません。

 さて古典調律支持派が平均律を嫌う論拠は、主に2つあります。

(1)響きの美しさ:平均律ではすべての音程が倍音由来の純正な音程からはかけ離れて濁っている。特に3度の響きが汚い。これに対して、古典調律では3度がより美しく響く。
(2)調性格論:平均律ではすべての調が同じに響いて、調の個性がないが、不等分の古典調律では調によって個性が出てくる。

 しかし、少なくともバッハに関していえば、明らかに平均律による転調可能性の拡大と、使用できる調の拡大が意図されており、仮にバッハが厳密な平均律ではなく、ヴェルクマイスターIIIあたりを使用したとしても、それは「限りなく平均律に近い音律」として使ったと考えるのが妥当でしょう。

 たとえば平均律とヴェルクマイスターIIIは、聴き比べれば違いはわかりますが、慣れてしまえばそれほど差はないともいえます。実際のチェンバロでは、しばらく放置すれば多少音がずれてしまい、調律法の厳密な違いはほとんど誤差に吸収されてしまう程度のものといっても過言ではありません。あまり細かい違いにこだわる必要はないでしょう。調性格論も、どちらかといえば観念的・思弁的な側面が強く、実際の音楽にどこまで反映しているか、大いに疑問です。

 もし平均律と古典調律を聴き比べてみたい、ということでしたら、ローランド社のデジタル・ハープシコードを販売店で試奏されてみることをおすすめします。この楽器は、スイッチひとつで平均律、ミーントーン、ヴェルクマイスター、キルンベルガー、ピュタゴラス、純正律の切り替えができます。なおローランドでは、この他にも古典調律で演奏できる電子オルガンや電子ピアノを販売しています。

関連ページ:
 ・音律入門
 ・平均律の歴史的位置

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Q 2.6. チェンバロは温度と湿度に敏感なのでは?
 常に温度や湿度を一定に保てるような環境でないと、チェンバロは鍵盤が動かなくなったり、トラブルが多くなると聞きました。チェンバロは、そんなにデリケートで、扱いにくい楽器なのですか?

A:確かに、チェンバロのケースはピアノよりはずっと薄い木材でできており、またヒストリカル・チェンバロではジャック(キーの奥に位置していて、プレクトラムの取りつけられた細い棒)も木製ですから、温度変化や湿度の影響を受けやすいといえます。

 では24時間、完全な空調設備で定温・定湿度を保たなければ使えないか、というと、これもちょっと極端に思えます。チェンバロが使われていた16〜18世紀のヨーロッパでは、もちろん空調設備などなく、通常の環境で用いられていたわけですし。

 ただ、ヨーロッパに比べると、日本は夏に高音多湿になる、という違いがあり、これがやはりチェンバロにとっては大敵です。結露が激しいような部屋に置くことは避けるべきでしょうし、場合によっては除湿器が必要になるかもしれません。

 しかし、おおまかに言って、人間が不快に感じない環境であれば、チェンバロにもそれほど悪影響はない、と考えていいでしょう。楽器を大切に扱うことはもちろん好ましいことですが、「そんなに手がかかるなら、やめた」ということになってしまったら残念です。

 これに関連して、チェンバロは使用者がある程度、自分で保守をするべき楽器です。たとえば、プレクトラムの交換、切れた弦の張り替えなどは、自分でできるようにしておくとよいでしょう。もちろん、素人には限界がありますから、重大なトラブルは専門家に任せることになります。この点から、年に1回程度は楽器の様子を見てもらえるような日本の製作家に製作を依頼するのもよい考えだと思います。

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Q 2.7. 1段鍵盤よりも2段鍵盤の方が大きな音が出る?

A:これはむずかしい質問です。楽器には1台1台個性があるので、単純に比較できません。1段鍵盤でも大変豊かな響きを持つ楽器もあれば、2段鍵盤でも貧弱な音しか出ない楽器もあります。

 また演奏者の立場からいうと、小型の楽器ほど弾いていて音がよく聴こえます。趣味で自宅で自分で演奏して楽しむなら、よくできたヴァージナル、1段鍵盤チェンバロやベントサイド・スピネットがよいでしょう。2段鍵盤の楽器になると、楽器の横に立つとよく聴こえても演奏者の位置では音が遠くなるようです。

 ただ、概して大型の2段鍵盤の楽器は思ったほどの音量は出ません。むしろイタリアンやフレミッシュの小型の1段鍵盤の楽器の方がよく鳴ります。

 もし筆者に資金と場所があれば・・・

の3台がほしいですね。(1),(2)は音域が狭く、バッハの一部の曲はちょっとむずかしいですが、その独特の響きは2段チェンバロでは聴けないものです。

関連ページ:
・久保田彰チェンバロ工房:標準モデルカタログ

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3. 上級編

Q 3.1. モダン・チェンバロとヒストリカル・チェンバロの違いは?

A:チェンバロは18世紀末にピアノに駆逐され、しばらくはほとんど使われていなかった楽器です。それが19世紀末に再び作られるようになりました。このときチェンバロを作ったのは主にピアノメーカーで、当時のピアノの設計や技術を用いてチェンバロを復活させたのです。これらの楽器はプレクトラム(つめ)には皮を用いたり、鋼鉄製の弦を強く張っていました。これがモダン・チェンバロと呼ばれているもので、かつては日本にもノイペルト、ヴィットマイヤーなどのドイツ製モダン・チェンバロが多く輸入されました。

 欧米のレコードでも1960年代までは、モダン・チェンバロを使ったものが主流で、ヘルムート・ヴァルヒャは主にアンマーの、ラルフ・カークパトリック、カール・リヒターはノイペルトのモダン・チェンバロを主に使っています。

 しかし音楽や楽器の歴史研究が進むにつれ、1950年代にまずアメリカで17世紀〜18世紀の楽器の復元が試みられ、当時と同じ素材、設計で作ったところ、その方がよい響きがするということで、次第に広まるようになりました。これがヒストリカル(歴史的)・チェンバロと呼ばれるものです。

 ヒストリカル・チェンバロには、たとえば「1670年製の○○の楽器」という、それこそ世界に1台の貴重なものと、特定の現存する楽器を忠実に、あるいは多少手直しして複製したもの(コピー)があります。特に昔の楽器は音域が狭く、現代の演奏には制約が多いので、低音域と高音域を若干、拡張することが行われます。

 ここで注意しなければならないのは、博物館にあるような古い楽器には、保存が悪くて楽器としては使い物にならなかったり、何回も改修されて、もはや当初の響きを失ってしまっているものも多い、ということです。このような場合は、むしろオリジナル・デザインに基づいて新たに製作されたコピーの楽器の方が、音の点ではオリジナルに近い、ということも起ってくるのです。

 また、17〜18世紀の様式に基ずきながらも、新しいデザインで製作される楽器もあります。これも広義にはヒストリカル・チェンバロに含めて考えてよいでしょう。現在CDで録音されるチェンバロは、ほとんどがヒストリカル・チェンバロです。

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Q 3.2. イタリアン、フレミッシュ、フレンチ、ジャーマンの違いは?

A:現存している楽器から判断する限り、チェンバロはまずイタリアで生まれ、次いでオランダ(ネーデルラント)で発達し、フランス、ドイツ、イギリスへと広まったようです。ただし異説もあり、はっきりしたことはわかりません。

イタリアン Italian harpsichord

 イタリアのチェンバロは比較的軽いケースで作られ、音質面では明確な発音と急激な減衰を特徴とします。1段鍵盤、8'あるいは8'×8'、全真鍮弦が一般的です。

 製作家としてはバッフォI. A. Baffo(1574-9に活動)、ジュスティ G. B. Giusti(1676-93に活動)、ファビ P. Faby(1677-91に活動)、クリストフォリB. Cristofori(1655-1731、ピアノの発明者とされています)などの名が知られています。

フレミッシュ Flemish harpsichord

 フランドル(現ベルギー)で作られた楽器の総称。特にアントワープのルッカース Ruckers/クーシェ Couchet一族が有名です。イタリアンよりも重構造で、鉄弦も使用します。初期は1段鍵盤、8'×8'が作られましたが、やがて2段鍵盤が登場します。

 ただしルッカースの初期の2段鍵盤は、上下の鍵盤が4度ずれた特異な配列となっています。これは「トランスポーズ・ダブル」と呼ばれ、合奏の伴奏などで同一の指づかいで移調して弾けることを目的としていたようです(このずれた2段鍵盤の目的については、諸説があり、音域が変わることによる響きの変化を目的とした、という説もあります)。

 18世紀には、ブル J. P. Bull(1723-1804)、エルシェ J.v.d. Elsche(1689頃-1772)、ドゥランA. Delin(1750-70に活動)ドゥルケン一族 Dulcken(が大型の2段鍵盤の楽器を作りますが、これは通常の「コントラスト・ダブル」つまり、まったく同じ配列の鍵盤を2つ持つものです。ドゥルケンは 長さが2 m 60 cmもある大型の2段鍵盤チェンバロを製作しています。

フレンチ French harpsichord

 フランスの楽器。特に17世紀末から18世紀にかけて、ヴェルサイユ宮廷とともに発達します。またフランスでは、フレミッシュの改造も広く行われました。たとえば、ルッカースの楽器をベースに、音域を広げたり、1段鍵盤の楽器を2段鍵盤にしたり、という改装が行われましたが、このような改造のことを「ラヴァルマン ravalment」と呼んでいます。

ヴォドリJ. A. Vaudry(1680頃-1750)、デュモン N. Dumont(1673-1710に活動)、ブランシェBlanchet一族、グジョンJ.C. Goujon(1743-58に活動)、タスカンP. Taskin(1723-93、初期のピアノも製作)、エムシュJ.H. Hemsch(1720-69に活動、ヘムシュ、アンシュとも呼ばれる)が有名です。

 フレンチ2段鍵盤の楽器は万能型とみなされ、特にタスカン、エムシュのコピーが広く作られています。弦列は8'×8'×4'が一般的です。なお、後期にはプレクトラムに水牛の皮を用いて、倍音の少ないピアノ的な音色を出す試みもなされています

ジャーマン German harpsichord

 ドイツでは、イタリアンの影響を強く受けたものと、フレミッシュ/フレンチの影響を受けたものが存在していたようです。ただし、これはあくまで大雑把な目安に過ぎません。また、ドイツのチェンバロは現存するものが少なく、謎も多いようです。

 

 ミュラーH. Müller(1537-43に活動)、マイヤーJ. Mayer(1619に活動)、ファーターVater一族、フライシャーFleischer、ハース Hass、グレープナーGrabner、ジルバーマンSilbermanの各一族、ミートケM. Mietke(1719没)、ツェルC. Zell(1722-41に活動)が知られています。

 最近、ツェルやミートケの楽器のコピーがバッハの作品の演奏に用いられるようになってきました。特にバッハがケーテンの宮廷のために購入した楽器はミートケの楽器で、このため、ブランデンブルグ協奏曲第5番などはミートケの楽器で演奏された可能性が高いと考えられています。ミートケの楽器は、弦長は短め、ケースも薄手でイタリアンの影響が強いものです。

 また、バッハ自身は、ゴットフリート・ジルバーマンGottfried Silbermann(1683-1753)との親交があり、彼の製作したオルガン、チェンバロ、クラヴィコード、フォルテピアノを演奏したようです。

 ちなみに、「バッハが所有していた」と伝えられ、現在ベルリンの楽器博物館にある2段鍵盤のチェンバロ#316は、最近の研究ではハラスHarrasの作ということになっています。

イングリッシュ English harpsichord

 イギリスではフレミッシュの影響を受けたものから、やがて独自のチェンバロが作られるようになり、19世紀初頭まで製作されました。ヒチコックHitchcock、カークマンKirckman、ブロードウッドBroadwood(ピアノも製造)の一族が知られています。

関連ページ:
・柴田雄康:フレミッシュ・チェンバロの位置づけ

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last updated: 2008.03.29


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