bogomil's CD collection: 022

もうひとつの《魔王》、もうひとつの解釈
——レーヴェ:《魔王》

Loewe: "Erlkoenig" op.1-3

ボゴ:《魔王》って、シューベルト以外の曲もあるんだって?

N子:うん。ライヒャルトとレーヴェも作曲してる。

ボゴ:あまり、聞いたことのない作曲家だね。

N子:ライヒャルトはゲーテの友達で、ゲーテの詩に作曲すると、必ずゲーテに聴いてもらっていたんだって。レーヴェはシューベルトと同じ世代の人で、バラードをたくさん、作曲した人。ま、とにかく聴いてみてください。

(シューベルトも含めて、3曲聴いてみる)

ボゴ:ライヒャルトのは和音が並んでいるだけで、シンプル。レーヴェのは、ちょっと独特の雰囲気だね。

N子:わたしは、シューベルトのより、レーヴェの方が怖く感じる。シューベルトのはテレビや映画で見てるような感じ。もちろんドラマティックでよくできているんだけど、描写が客観的でお父さんと魔王の音楽がきっちり書き分けられていて、あくまで別のキャラクターに設定されているの。最後のところも「お父さんは怖くなって、急いで走りましたが、家に着くと、子供は腕の中で死んでいました」というお話がナレーターによって冷静に語られる感じ。

ボゴ:あの、最後の部分は、かなり劇的だよね。

N子:でもね、劇的っていうと、レーヴェの方が凄い。レーヴェのは、心理劇なの。情景ではなくて、顔がアップで、表情の微妙な変化が登場人物の心理を表している、っていう感じ。シューベルトでは子供の恐怖がつのっていくのが中心に作曲されているんだけれど、レーヴェではお父さんと子供の関係が音楽的に描かれていて、特にお父さんが変化していくように聴こえるの。最初は、魔王の声だけ聴こえてくる。子供が怖がると、お父さんがなだめる。するとまた魔王が猫なで声を出すの。で、また子供が怖がる。この後、お父さんが「安心しなさい、あれは風でゆれている木の葉の音だよ」というところで、レーヴェの音楽は魔王がお父さんに乗り移ったようになるの。

 これは詩だけではわからないんだけど、伴奏を聴いていると、お父さんの科白のところの伴奏が、だんだん魔王の科白の伴奏に似てくるの。最後に子供が「魔王が僕にいたいことするよ」という科白があって、シューベルトは1回フォルテで絶叫させるだけなんだけど、レーヴェは、2回繰り返していて、2回目は弱い音になる。ここでもう子供は死にかけている感じ。そして、最後の「子供は死んでいた」というところの「死んだ=tot」という言葉がfpで、唐突に歌われて終るの。

ボゴ:この最後のところは、びっくりするね。奇妙な感じもする。

N子:そう。わたしは、錯乱したお父さんが子供を締め殺してしまった、というお話じゃないかと思う。シューベルトでは魔王を見ているのは子供だけで、お父さんはあくまで正気、っていう感じ。だけど、レーヴェではお父さんが狂ってるような気がする。

ボゴ:学校の音楽の授業でシューベルトのを聴いたときは、たしかお父さんが病気の子供を連れて行くって教わったよ。

N子:子供が病気で熱にうかされて魔王の幻を見たっていうのは、確かにもっともらしい解釈ね。最後に死ぬのも、病気のせいにできるし。でも子供が病気ってことは、詩にはまったく出てこないから、その説明はあくまでひとつの解釈に過ぎないわ。

ボゴ:そう、あくまでお父さんは正気で、子供を守ろうとしているっていうお話になるけれど、もし魔王がお父さんに乗り移ったとすると、これはまったく別の話になるね。つまり父親が狂ってしまって、夜中に子供を馬に乗せて走っている、という状況設定だ。正気なのは子供の方で、子供から見れば、狂った父親は魔王に見えることになる。それでも、子供は父親に助けを求める、つまり「正気にもどって」と頼むわけだ。でも錯乱して魔王の人格になってしまった父親は子供を殺してしまう・・・・。

 そういえば、何年か前、絶望して一家心中しようとした父親が、幼い子供を締め殺そうとしたら、子供が「僕、お父さん大好きだよ」といったので思い止まった、という話を聞いたことがあるなあ。

N子:シューベルトの《魔王》は、わりと詩の字義どおりの解釈で、本当に魔王が出てくる民話的なお話し。レーヴェの《魔王》は、深層心理的な解釈が可能な曲ね。

ボゴ:うーん、いずれにせよ先入観抜きで、シューベルトやレーヴェの《魔王》を聴いてみることも必要だなあ。

N子:あら、めずらしく殊勝なことを。いつも言いたい放題いってるくせに。

ボゴ:え?そう?本当はボク、すごく謙虚なんですけど。

N子:・・・・(絶句)


Discography:

「レーヴェ:バラード集」(グラモフォン POCG-9242/4)

89/9 last modified 02/6


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